若いアーティストへの手紙letter to a young artist (2005)


イヴォンヌ・レイナー(訳:中井悠)

 

若いアーティストへ


(前略)


私のキャリアは美術界ではなく、ダンサー、作曲家そしてアーティストのコミュニティーではじまり、これらはみんな、たとえそれが可能であった時でも、自分のキャリアのことなんか気にする余裕のない人たちでした。ひとつの理由としてはニューヨークで生活することの経済的な負担が、私たちを不動産よりもアイデアに没頭させることと、自分たちがやっていることによってみずからの生活を維持することへのいかなる期待をも抱かないことを許したのです。成功は人が招待された展覧会の数ではなく、仲間内での尊敬によって測られていました。そして、もしかするとまたしても、経済的な負担の結果かもしれません。私の友だちは自分のアパートに毎月19ドル支払っていましたが(私は45ドル支払っていました)、誰もお互いのお金の出所を尋ねたりしませんでした。さらに、市場経済に乗せることのできる売買可能な品物を作ることからくるプレッシャーは、ダンスの制作においてまったく欠如していました。これは私たちを金銭的報酬の可能性から自由に——そして幸福にもそれを忘却しながら——制作することを許したもうひとつの要因でした。


私があなたに見せびらかしている「古き良き時代」は、だいたい1960年から64年のあいだのほんの数年しか続かなかったことを認めなければなりません。その後には全面的なディアスポラが——地理的にも職業的にも——起こりました。アーティストたちは自分のギャラリーと教職を見つけ、コレオグラファーたちはカンパニーと役員会によってみずからを制度化しはじめました。これは前衛の活動がたどる一般的な道筋のようです。そのような展開を批判するのではまったくないのですが、私が最大限の情熱を持って強調したいと思うのは、若いアーティストにとって「プロフェッショナリズム」をできるかぎり遅延させることがどれほど重要かということです。キャリアをはじめる前に、実験し、リスクを冒し、遊び、ふざけ、そして失敗さえする機会——そして時間——をみずからに与える方法をどうにか見つけること。ほんの数人の熱心な友だちだけ自分の作品を見せること。このような取り組みのためにはアートスクールが本来は適した場所であるべきですし、時にはそうであることもあります。しかし、私がたびたび気づいたように、アートスクールは同時に美術界で人が出くわすのと同じ洗練と完成度に対する重視を育成することで、キャリアの発射台として働いてしまうことも多いのです。「うまくいかないこと」に取り組むこと。自分の元ネタとみずからの作品に現れているその影響がどのようなものかを知ること。独創性については心配しなくてもいいから、自己批判的であり、あなたの仲間内で、互いの支えとなるような批評を行ないあう方法を見つけること。快適な生活にとらわれることがないように。それは後からやってくるものだから。すべてを見るように心がけること。


今日の若いアーティストについて私が観察できることから言うと、美術界の状況に対してもっとも積極的な人たちは、展覧会と同時に生活と制作の手配のために、団結して自分たちの協同組合を作っています。かつてないほど、あなたたちはお互いを必要としているのです。


幸運を。


イヴォンヌ・レイナー

ニューヨーク


(初出:Nesbett, Peter (ed.). Letters to a Young Artist. New York: Darte Publishing, 2006)